2012/05/15.Tue
行ったり来たり
横須賀と大槌を行ったり来たりしております。
様々な出会いや経験。
自分の人生において、とても大切で豊かな時を過ごしています。
さて、週末は、妻なっちゃんと大槌に行きます。
勉強会やらライブやらDJやら、楽しい事満載です。
この、今を大切にします。
様々な出会いや経験。
自分の人生において、とても大切で豊かな時を過ごしています。
さて、週末は、妻なっちゃんと大槌に行きます。
勉強会やらライブやらDJやら、楽しい事満載です。
この、今を大切にします。
2012/05/10.Thu
大槌 BEAT BOX(倉澤光二) in 大槌町吉里吉里「APE」

昨日は、
大槌町の15歳「倉澤光二」改め「大槌 BEAT BOX」
と、釜石市や大槌町でゲリラライブを計画。
機材一式を詰め込んで廻る予定でした。
その前日に、
釜石市鵜住居にある旅館「宝来館」の山崎さんに出会い
「ヴォーカルパーカッション」
を見せてもらい大感動。
明日、色んな所でライブをするんです、
というと、
山崎さんもちょうどお休み。
ということで、
光二の友達のレイジ君も合流して、
4人で音楽を沢山しました。
光二が鳴らすのは、
声・破裂音でリズムやベースを作る
「ヒューマンビートボックス」
山崎さんは、
人間の言葉をビートにする
「ヴォーカルパーカッション」
それぞれ、
自分のスタイルに強いこだわりを持っていて、
それが融合して、
凄いことに。
最初は、午前中に
宝来館のステージで
ライブ。
初セッション、ということで、
まずは楽しみながら。
続いて、
吉里吉里のAPEに移動。
RIAさんとノリシゲさんにぜひ見て欲しくて。
で、
そこで、美味しいラーメンとコーヒーを飲んで、
2回のライブ。
段々息が合ってきて、
周りの大人たちは、ビックリ!
最後に、
旧大槌北小学校にある
仮設商店街「きらり福幸商店街」にある
「きらり駅」
を突然訪ね、
そこで知り合った高橋さんに
急にライブをさせて下さいとお願い。
快諾。
ということで、
おばちゃんや高校生が集まってきて、
本日3カ所目でのライブ。
最後は、光二が、
昨日一日でどんどん色んな事を吸収して、
うまくなっていくのが分かる。
みんな音楽で繋がったので、
これからは、
どんどんライブをしよう!
ということになりました。
20日に、大槌の城山体育館で行われる
バスケの3on3の大会で、
僕が音楽の担当なのですが、
そこで、光二と山崎さんのライブショーケースもやります!
みんな、思いっきり楽しい一日でした。
動画は、
吉里吉里APEでのステージ。
二人とも技術が凄いから、
いきなりでも、凄いことが!
ぜひ見てみて下さい!
http://www.youtube.com/watch?v=s_XG69WICz0
2012/05/03.Thu
「夕暮れ」
昨日、とても嬉しいメールが、
STAND WAVEのホームページから届きました。
STAND WAVEが2005年に発表した
「彩々」
というアルバムに収録されている
「夕暮れ」
という曲に、沢山の思い出があり、
それがまだ購入できますか?
というメールでした。
このアルバムは、
もう店頭では販売していません。
直接ご連絡を取りたいのですが、
返信用のメールアドレスが記入されていませんでした。
これをお読みになられましたら、
ぜひ、再度ご連絡下さい。
あれから7年経った今でも、
STAND WAVEの曲が生き続けていることを知れて、
とても嬉しく思っています。
本当にありがとうございます。
STAND WAVEのホームページから届きました。
STAND WAVEが2005年に発表した
「彩々」
というアルバムに収録されている
「夕暮れ」
という曲に、沢山の思い出があり、
それがまだ購入できますか?
というメールでした。
このアルバムは、
もう店頭では販売していません。
直接ご連絡を取りたいのですが、
返信用のメールアドレスが記入されていませんでした。
これをお読みになられましたら、
ぜひ、再度ご連絡下さい。
あれから7年経った今でも、
STAND WAVEの曲が生き続けていることを知れて、
とても嬉しく思っています。
本当にありがとうございます。
2012/05/01.Tue
「おおつちありがとうロックフェスティバル」

少し、ご無沙汰のコラムになりました。
今回、僕が、大槌町で一番頼まれていたことは、
「おおつちありがとうロックフェスティバル」
の、「広報」でした。
ホームページやポスターの作成、
そして、情報の拡散など。
それ以外にも、
色々とやっているのですが、
このロックフェスがメインです。
で、
「ロックフェス」
と聞くと、
大音量のロックが鳴り響く、
というイメージかもしれませんが、
この
「おおつちありがとうロックフェスティバル」
「ありがとう」
を、日本中・世界中に届けるイベントなんです。
とは言っても、
大槌町は、
未だに市街地は「津波浸水区域」にあり、
建物が建てることが出来ません。
宿も駐車場もお店もありません。
そんな、とてつもない困難な状況で、
前を向いて
「音楽」に「生きる力」をもらった想いを
「ありがとう」
でお返しするんです。
この画像は、
このロックフェスの主催である
「大槌 STANDING STANDING」
の代表「岡野茂雄」氏がデザインしました。
彼は、まだパソコンというものに、
人生で触れてから半年あまりです。
こんなにも素晴らしいロゴを作ってしまうんです。
ホームページやポスターについても、
沢山打ち合わせをして勧めています。
彼らが見ている大槌町を、
どうやって描くか。
沢山コミュニケーションをとって
作り上げています。
まだまだ、
とてつもない被害状況が残る大槌町から、
「音楽」で「復興」の第一歩を踏み出します。
ぜひ応援して下さい。
おおつちありがとうロックフェスティバル
公式ホームページ
http://www.arifes.jp/
2012/04/17.Tue
本当に大切なもの。
「本当に大切なもの」
僕には、
とてもとても大切なものがあります。
「人の温かさ」
これ以上も、
これ以下もありません。
大槌生活の中で、
これほど、
人が温かいのかと、
全身がポカポカしています。
笑ったり
泣いたり
怒ったり
悔しがったり
すれ違ったり
そんな、
自分の中にあった
もともとあったはずの
大切な感情が、
ふつふつと湧き上がってきて、
とにかく
幸せなんです!
大槌にいれることが!
そして、
本当に大切なんです、
大好きなんです、
「大槌の仲間が」
あえて使いたいです。
「心の絆」
僕らは、がっちり繋がっています。
どんな力でも引き離せないくらい。
さぁ、みんな!
前を向いて、
ともに手を取り合って、
この町から
未来を描いていきましょう!
僕は、此処にいます!
僕には、
とてもとても大切なものがあります。
「人の温かさ」
これ以上も、
これ以下もありません。
大槌生活の中で、
これほど、
人が温かいのかと、
全身がポカポカしています。
笑ったり
泣いたり
怒ったり
悔しがったり
すれ違ったり
そんな、
自分の中にあった
もともとあったはずの
大切な感情が、
ふつふつと湧き上がってきて、
とにかく
幸せなんです!
大槌にいれることが!
そして、
本当に大切なんです、
大好きなんです、
「大槌の仲間が」
あえて使いたいです。
「心の絆」
僕らは、がっちり繋がっています。
どんな力でも引き離せないくらい。
さぁ、みんな!
前を向いて、
ともに手を取り合って、
この町から
未来を描いていきましょう!
僕は、此処にいます!
2012/04/13.Fri
大槌から「ありがとう」なんです。

今日の岩手県大槌町。
おらが大槌復興食堂の前にて撮影。
春の足音が聞こえ始め、
青空が眩しい。
その眩しい青空が、
大槌の大きな傷を
まざまざと見せつけてくれました。
いやぁ〜、
ここは凄いよ。
1年経ったよ。
これが、今だよ。
そして、
ここに、ちゃんと人が住んでて、
みんな生活があって、
嫌な事も、
辛いことも
悔しいことも、
全部あって、
そこで笑ってます!
そして、
自分たちの生活や
明日や
将来が見えるはずがないのに、
今まで、
多くの人が大槌に来て
沢山想いを届けてくれたから、
「与えてもらうだけじゃだめ。
己の力で走り出せ」
と自分を奮い立たせて、
みんなに
「ありがとう」が言いたくて
「おおつちありがとうロックフェスティバル」
を開催するんです。
この、大槌から「ありがとう」を伝えようとしてるんです!
初めてこの話を聞いた時、
体が震えました。
このロックフェスをやろうとしている人たちは、
日本をひっくり返すんじゃないかって。
現地に住んでみて改めて思いました。
だから、彼らがしたい、伝えたい事を、徹底的にサポートしたいんです。
だから、自分がしていることを
ボランティアと呼びたくないんです。
大好きな仲間と、
一緒に作り挙げていくんです。
明日までに、
この
「おおつちありがとうロックフェスティバル」
のホームページのたたき台をお願いされてます。
やったりますよ!
今日、自転車を購入。
車では見えなかった大槌を
しっかりと見てます。
さて、明日も、
生きてる心地、満載です!
2012/04/12.Thu
「大槌生活」での実感:その1
「実感」
大槌町で実際に暮らし始めて、
感じることが、
知ることが多すぎると思いました。
今までは、お客様として、
3泊くらいして帰っていたのですが、
それでは、見えてこなかったこと。
まずは、
昨晩は、大槌の骨太ロックバンド
「Prisoner.11(プリズナー11)」
が、15日に久慈市でライブがあるので、
そのリハーサルにお邪魔しました。
でも、
大槌町には、
バンドの練習が出来るところがないんです。
大きな音が出せるところがないんです。
なので、
ギターのタクヤさんにのせてもらって、
山の中にある公民館のような場所に案内されました。
そこに、自分たちの機材を持ち込んで練習。
時間は、夜9時まで。
それで、解散。
みんな、遅くまで仕事しているから、
集まったのが夜7時過ぎ。
やりたくても音楽が出来ない。
続いて、
プリズナー11の楽器隊のみんなで、
飲みに行くことに。
名目は「可児さん歓迎会」
で、車を1台で行くため、
各自自宅に帰りました。
そして、僕の住んでいる所を中心にみんなをピックアップしていきます。
「そうか」
メンバーのほぼ全員が仮設住宅に住んでいます。
今まで、大槌のどこに仮設住宅があるのか知りませんでした。
だから、運転してもらって、
山の中の中の方まで。
そこで一人。
また、場所を変えて、山の中へ。
そこで一人。
みんな、そういった所に住んでいるんです。
普段、おらが大槌復興食堂で会うことが多いから、
気づかなかった。
みんな、中心部から、
車で相当走ったところの仮設住宅に住んでいるんです。
さらにさらに、
仮設住宅には、色々あって、
最初の方に建てられた仮設住宅は、
「阪神大震災」などの時に使われたリサイクルのプレハブ。
だから、寒いし結露も凄い。
後になるにつれて、
新品で作るから、きれいで、壁もレンガみたいなのが貼ってあって、
少しこじゃれてる。
こんな山の中だったら買い物が大変そう、
と思うと、比較的大きな仮設住宅の集まりの所には、
4件くらいの商店がある。
でも、多分足りないから、
バスがあって、それで中心部に移動。
大槌町の平らな所は、
全て津波で流されたから、
平らな所を探したら、
山の中になってしまったんです。
「仮設住宅」
ってどんなんですか?
聞いたら、
隣の人の家のテレビの音も聞こえる、
会話も足音も聞こえる、
本当に薄い壁一枚。
そこで、ギターをかき鳴らせるか。
苦情が来て、出来ない。
みんな、笑顔満載だけど、
家に帰ったら、
そういう生活を送ってる。
震災前は、
みんなそれぞれ家があって、
プライバシーとかもちゃんとあって、
それなりに自分が住んでいる場所があったけど、
それが全部なくなり、
仮設住宅に住んでいる。
しんどくないはずがない。
だからなのかは分からないけど、
だんだん、みんな出て行っている。
この生活が厳しくなったのか、
新しく家が見つかったのか。
でも、
引っ越し先は大槌町ではないと思う。
今回、僕が住んでいる場所は、
津波で浸水した場所をリフォームした場所。
平屋が3軒続いている一つを
3人で住んでます。
部屋を区切るのは、発泡スチロールの板。
アパートやマンションを別に借りたくても、
大槌町にはないんです。
住みたくても、ないんです。
僕は運良く、今の場所を提供してもらいました。
震災の記憶が薄れていく中で、
現地に住んでみて実感すること。
「震災まだまだまだまだ継続中」
絶対に忘れない。
絶対に感じ続ける。
そして、この場所から発信し続ける。
これが、僕の一つの想い。
さあ、今日も元気に、三陸を走り回ります。
大槌町で実際に暮らし始めて、
感じることが、
知ることが多すぎると思いました。
今までは、お客様として、
3泊くらいして帰っていたのですが、
それでは、見えてこなかったこと。
まずは、
昨晩は、大槌の骨太ロックバンド
「Prisoner.11(プリズナー11)」
が、15日に久慈市でライブがあるので、
そのリハーサルにお邪魔しました。
でも、
大槌町には、
バンドの練習が出来るところがないんです。
大きな音が出せるところがないんです。
なので、
ギターのタクヤさんにのせてもらって、
山の中にある公民館のような場所に案内されました。
そこに、自分たちの機材を持ち込んで練習。
時間は、夜9時まで。
それで、解散。
みんな、遅くまで仕事しているから、
集まったのが夜7時過ぎ。
やりたくても音楽が出来ない。
続いて、
プリズナー11の楽器隊のみんなで、
飲みに行くことに。
名目は「可児さん歓迎会」
で、車を1台で行くため、
各自自宅に帰りました。
そして、僕の住んでいる所を中心にみんなをピックアップしていきます。
「そうか」
メンバーのほぼ全員が仮設住宅に住んでいます。
今まで、大槌のどこに仮設住宅があるのか知りませんでした。
だから、運転してもらって、
山の中の中の方まで。
そこで一人。
また、場所を変えて、山の中へ。
そこで一人。
みんな、そういった所に住んでいるんです。
普段、おらが大槌復興食堂で会うことが多いから、
気づかなかった。
みんな、中心部から、
車で相当走ったところの仮設住宅に住んでいるんです。
さらにさらに、
仮設住宅には、色々あって、
最初の方に建てられた仮設住宅は、
「阪神大震災」などの時に使われたリサイクルのプレハブ。
だから、寒いし結露も凄い。
後になるにつれて、
新品で作るから、きれいで、壁もレンガみたいなのが貼ってあって、
少しこじゃれてる。
こんな山の中だったら買い物が大変そう、
と思うと、比較的大きな仮設住宅の集まりの所には、
4件くらいの商店がある。
でも、多分足りないから、
バスがあって、それで中心部に移動。
大槌町の平らな所は、
全て津波で流されたから、
平らな所を探したら、
山の中になってしまったんです。
「仮設住宅」
ってどんなんですか?
聞いたら、
隣の人の家のテレビの音も聞こえる、
会話も足音も聞こえる、
本当に薄い壁一枚。
そこで、ギターをかき鳴らせるか。
苦情が来て、出来ない。
みんな、笑顔満載だけど、
家に帰ったら、
そういう生活を送ってる。
震災前は、
みんなそれぞれ家があって、
プライバシーとかもちゃんとあって、
それなりに自分が住んでいる場所があったけど、
それが全部なくなり、
仮設住宅に住んでいる。
しんどくないはずがない。
だからなのかは分からないけど、
だんだん、みんな出て行っている。
この生活が厳しくなったのか、
新しく家が見つかったのか。
でも、
引っ越し先は大槌町ではないと思う。
今回、僕が住んでいる場所は、
津波で浸水した場所をリフォームした場所。
平屋が3軒続いている一つを
3人で住んでます。
部屋を区切るのは、発泡スチロールの板。
アパートやマンションを別に借りたくても、
大槌町にはないんです。
住みたくても、ないんです。
僕は運良く、今の場所を提供してもらいました。
震災の記憶が薄れていく中で、
現地に住んでみて実感すること。
「震災まだまだまだまだ継続中」
絶対に忘れない。
絶対に感じ続ける。
そして、この場所から発信し続ける。
これが、僕の一つの想い。
さあ、今日も元気に、三陸を走り回ります。
2012/04/11.Wed
「今を精一杯生きる」
岩手県大槌町での生活が始まりました。
やはり、何回来ても
ビックリするくらい、
大槌の町は、全て流され、
1年以上経った今でも、
そのまま、大きな傷跡がくっきり見えます。
そして、
そこに、素晴らしい仲間がいて、
早速会ったり、声を聞いたりして、
嬉しくなったりしています。
今回、大槌に住むにあたって、
今まで横須賀で行ってきたことが、
出来なくなることが多かったので、
色々と挨拶周りをして、
事情を説明しました。
皆さん、とても理解して下さって、
「波君が居るなら、行ってみようかな」
と言って下さったりして、
僕自身が、
とても大切にされている事を感じれて、
凄く嬉しかったりしました。
出る前に、
妻の実家が、同じ長井の
我が家から車で5分位の所にあるので、
一緒に夕食を食べました。
妻の実家には、妻のおばあちゃんも
一緒に暮らしています
おばあちゃんと僕は
とても仲良しで、恋人みたいなんです。
いつも僕らのライブにきてくれて
一緒に歌ったりしてました。
昨年の夏、おばあちゃんに、
とても重い重い病気が見つかり、
それから、おばあちゃんは病気と向き合って生きてきました。
ここ2ヶ月位は、外出もままならなくなってきて
なので、妻と一緒によく訪ねてお話をしてました。
3月10日、僕らが横須賀でライブをする時も、
気力を振り絞って、
車椅子で来てくれて、
最前列で、聞いてくれました。
もう、座っているだけでも辛かったと思います。
さらにここ数週間は、
ベッドから起き上がれなくなってしまい、
ほぼ寝たきりになりました。
出発する前におばあちゃんに会いたかったので、
妻の実家に行き、
おばあちゃんに、岩手県に行ってくるよ、
と伝えるました。
おばあちゃは、
「波さんがいなくなると寂しくなるねぇ」
と言ってくれたので、
僕はおばあちゃんの、
一生懸命生きた証であるシワシワの手を両手で握り、
僕のおでこをおばあちゃんのおでこに付け、
一番近い距離で
「おばあちゃん。僕、今を精一杯生きるよ。
今を、毎日毎日を精一杯生きるよ。
だから、おばあちゃんも、
毎日を大切に精一杯生きようね」
と言いました。
おばあちゃんは
「私も精一杯生きるよ。
波さんが帰ってくるまでに元気になってないと」
と言ってくれました。
二人とも、目に大粒の涙をためながら
笑っていました。
88歳の女性と35歳の僕の
心が通じ合った瞬間でした。
年齢も、性別も、障害も、
人を区別しそうになるあらゆるものを取り払って、
人が、一つだけ、ただ一つだけ持っている
「命」
東日本大震災で、
本当に、今、生きていることが
それこそが「奇跡」だと
毎日感じて生きているので、
「今を、精一杯生きる」
そのことを、とても大事にしたいと、
ひたすら想いました。
僕を快く送り出して下さった方々、
そして、
僕を快く迎えて下さった方々に
心から感謝致します。
僕は、今を、精一杯、生きます。
やはり、何回来ても
ビックリするくらい、
大槌の町は、全て流され、
1年以上経った今でも、
そのまま、大きな傷跡がくっきり見えます。
そして、
そこに、素晴らしい仲間がいて、
早速会ったり、声を聞いたりして、
嬉しくなったりしています。
今回、大槌に住むにあたって、
今まで横須賀で行ってきたことが、
出来なくなることが多かったので、
色々と挨拶周りをして、
事情を説明しました。
皆さん、とても理解して下さって、
「波君が居るなら、行ってみようかな」
と言って下さったりして、
僕自身が、
とても大切にされている事を感じれて、
凄く嬉しかったりしました。
出る前に、
妻の実家が、同じ長井の
我が家から車で5分位の所にあるので、
一緒に夕食を食べました。
妻の実家には、妻のおばあちゃんも
一緒に暮らしています
おばあちゃんと僕は
とても仲良しで、恋人みたいなんです。
いつも僕らのライブにきてくれて
一緒に歌ったりしてました。
昨年の夏、おばあちゃんに、
とても重い重い病気が見つかり、
それから、おばあちゃんは病気と向き合って生きてきました。
ここ2ヶ月位は、外出もままならなくなってきて
なので、妻と一緒によく訪ねてお話をしてました。
3月10日、僕らが横須賀でライブをする時も、
気力を振り絞って、
車椅子で来てくれて、
最前列で、聞いてくれました。
もう、座っているだけでも辛かったと思います。
さらにここ数週間は、
ベッドから起き上がれなくなってしまい、
ほぼ寝たきりになりました。
出発する前におばあちゃんに会いたかったので、
妻の実家に行き、
おばあちゃんに、岩手県に行ってくるよ、
と伝えるました。
おばあちゃは、
「波さんがいなくなると寂しくなるねぇ」
と言ってくれたので、
僕はおばあちゃんの、
一生懸命生きた証であるシワシワの手を両手で握り、
僕のおでこをおばあちゃんのおでこに付け、
一番近い距離で
「おばあちゃん。僕、今を精一杯生きるよ。
今を、毎日毎日を精一杯生きるよ。
だから、おばあちゃんも、
毎日を大切に精一杯生きようね」
と言いました。
おばあちゃんは
「私も精一杯生きるよ。
波さんが帰ってくるまでに元気になってないと」
と言ってくれました。
二人とも、目に大粒の涙をためながら
笑っていました。
88歳の女性と35歳の僕の
心が通じ合った瞬間でした。
年齢も、性別も、障害も、
人を区別しそうになるあらゆるものを取り払って、
人が、一つだけ、ただ一つだけ持っている
「命」
東日本大震災で、
本当に、今、生きていることが
それこそが「奇跡」だと
毎日感じて生きているので、
「今を、精一杯生きる」
そのことを、とても大事にしたいと、
ひたすら想いました。
僕を快く送り出して下さった方々、
そして、
僕を快く迎えて下さった方々に
心から感謝致します。
僕は、今を、精一杯、生きます。
2012/04/05.Thu
僕、大槌に住みます!
<皆さんにご報告>
「大槌に住みます!!!」
昨年から、岩手県三陸を中心に、
「訪ねて」いたのですが、
いつしか
「帰る」「帰省」
となり、
とても温かい、仲間・家族が出来ました。
月に1度しか訪ねることが出来なかったことが
もどかしく、
横須賀でムズムズしていました。
先日、大槌を訪ねたときに、
夜の「おらが大槌復興食堂」で、
ロックフェス会議が行われ、
そこで、正式に
「可児ちゃん、大槌に住んでくれないか?」
という依頼を受けました。
被災された人が、
こうしたお願いをする、
ということの重み。
それを越えてでもなお、
僕に大槌に来て欲しい、
という想いを伝えてもらいました。
一瞬躊躇しました。
横須賀での生活が頭をよぎりました。
そんなとき、
満面の笑みで
「波君、行ってきなよ!」
と、隣にいた素晴らしい女性が言ってくれました。
可児奈津子。
僕の妻です。
一瞬にして迷いは消え、
「僕、大槌に住みます!」
となりました。
今、被災地と呼ばれている場所では、
自治体、さらに地区によってかなりの格差が生まれています。
僕が大槌で出来ることは、
デジタルの部分。
ホームページであったり、デザインであったり、
また、
コンサルティングといって、
人と人を繋いだり、
情報を拡散したり、
あらゆる手段を使って、
「大槌」
を
「おおつちありがとうロックフェスティバル」
を知ってもらうお手伝いをします。
それ以外に、
兄と慕う漁師「阿部力」氏の漁業のお手伝い。
これから、パソコンを覚えたい人へのパソコン教室。
子どもたちへの音楽の魅力を伝える。
僕の出来ることを考えたら、
沢山出てきました。
だから、
僕、
「大槌に住みます」
これは、ボランティア、という名で呼んでいいのか分かりません。
住む場所を提供して頂きました。
ただ、どこかの団体などに所属するのではなく、
柔軟に対応していきたいと思っています。
僕の想いはただ一つ。
「三陸に寄り添う」
です。
その一つの形として、「住む」という決断をしました。
もちろん、大きなリスクはあります。
僕が横須賀で行っていたことの多くが出来なくなります。
でも、
僕は自分の意思で選びました。
僕が「大槌に住みたいんです」
念願がかないました。
とりあえず、
いつまで、という期限を決めず、
これから何十年もかかるであろう復興、
そして新しい大槌・三陸と共に歩んでいきます。
僕の人生において、
こんなに素晴らしい出来事が待っているなんて信じられません。
ワクワクしています。
本当に楽しみです。
なっちゃんは、横須賀で暮らし、
月に一度ほど、大槌に来ます。
僕もときどき横須賀に帰ります。
そんな、生活を送っていきます。
こういった決断が出来たのも、
大槌・三陸の仲間が、
いつも訪ねる度に、
本当に心から僕らを迎え入れてくれたから、
とても優しかったから、
とても温かかったから、
とても幸せだったから、
僕はこの仲間と一緒に歩んで行く未来が見えました。
全然知らない場所に飛び込んでいくのではなく、
知り合いだらけで、
温かすぎる場所に帰るのです。
来週中には、大槌人になります。
それまで、
今週は、色々と挨拶回りをして、
報告して、
しこりや、わだかまりがないよう、
礼を尽くして、
大槌に行きます。
ご迷惑をおかけしてしまう方々、
申し訳ありません。
僕は、このような生き方を
自らの意思で選び、
最愛の妻が賛同してくれました。
大槌・三陸のみんなで。
もっともっと、近いところで、
同じ目線で未来を見たいです。
「心は三陸と共に」
から
「僕は三陸にいます」
に変わりました。
これからも、
皆々様、
末永いお付き合いをよろしくお願いします。
「大槌に住みます!!!」
昨年から、岩手県三陸を中心に、
「訪ねて」いたのですが、
いつしか
「帰る」「帰省」
となり、
とても温かい、仲間・家族が出来ました。
月に1度しか訪ねることが出来なかったことが
もどかしく、
横須賀でムズムズしていました。
先日、大槌を訪ねたときに、
夜の「おらが大槌復興食堂」で、
ロックフェス会議が行われ、
そこで、正式に
「可児ちゃん、大槌に住んでくれないか?」
という依頼を受けました。
被災された人が、
こうしたお願いをする、
ということの重み。
それを越えてでもなお、
僕に大槌に来て欲しい、
という想いを伝えてもらいました。
一瞬躊躇しました。
横須賀での生活が頭をよぎりました。
そんなとき、
満面の笑みで
「波君、行ってきなよ!」
と、隣にいた素晴らしい女性が言ってくれました。
可児奈津子。
僕の妻です。
一瞬にして迷いは消え、
「僕、大槌に住みます!」
となりました。
今、被災地と呼ばれている場所では、
自治体、さらに地区によってかなりの格差が生まれています。
僕が大槌で出来ることは、
デジタルの部分。
ホームページであったり、デザインであったり、
また、
コンサルティングといって、
人と人を繋いだり、
情報を拡散したり、
あらゆる手段を使って、
「大槌」
を
「おおつちありがとうロックフェスティバル」
を知ってもらうお手伝いをします。
それ以外に、
兄と慕う漁師「阿部力」氏の漁業のお手伝い。
これから、パソコンを覚えたい人へのパソコン教室。
子どもたちへの音楽の魅力を伝える。
僕の出来ることを考えたら、
沢山出てきました。
だから、
僕、
「大槌に住みます」
これは、ボランティア、という名で呼んでいいのか分かりません。
住む場所を提供して頂きました。
ただ、どこかの団体などに所属するのではなく、
柔軟に対応していきたいと思っています。
僕の想いはただ一つ。
「三陸に寄り添う」
です。
その一つの形として、「住む」という決断をしました。
もちろん、大きなリスクはあります。
僕が横須賀で行っていたことの多くが出来なくなります。
でも、
僕は自分の意思で選びました。
僕が「大槌に住みたいんです」
念願がかないました。
とりあえず、
いつまで、という期限を決めず、
これから何十年もかかるであろう復興、
そして新しい大槌・三陸と共に歩んでいきます。
僕の人生において、
こんなに素晴らしい出来事が待っているなんて信じられません。
ワクワクしています。
本当に楽しみです。
なっちゃんは、横須賀で暮らし、
月に一度ほど、大槌に来ます。
僕もときどき横須賀に帰ります。
そんな、生活を送っていきます。
こういった決断が出来たのも、
大槌・三陸の仲間が、
いつも訪ねる度に、
本当に心から僕らを迎え入れてくれたから、
とても優しかったから、
とても温かかったから、
とても幸せだったから、
僕はこの仲間と一緒に歩んで行く未来が見えました。
全然知らない場所に飛び込んでいくのではなく、
知り合いだらけで、
温かすぎる場所に帰るのです。
来週中には、大槌人になります。
それまで、
今週は、色々と挨拶回りをして、
報告して、
しこりや、わだかまりがないよう、
礼を尽くして、
大槌に行きます。
ご迷惑をおかけしてしまう方々、
申し訳ありません。
僕は、このような生き方を
自らの意思で選び、
最愛の妻が賛同してくれました。
大槌・三陸のみんなで。
もっともっと、近いところで、
同じ目線で未来を見たいです。
「心は三陸と共に」
から
「僕は三陸にいます」
に変わりました。
これからも、
皆々様、
末永いお付き合いをよろしくお願いします。
2012/04/01.Sun
素晴らしい旅でした!
泣いてません。
運転してません。
楽しかった〜。
大槌。
今回はバスなので、
なっちゃんと二人で、
楽しかった三陸の旅を振り返っています。
一緒に参加してくださった、
横須賀・神奈川の皆さんと、
現地の人との触れ合いで
皆さんビンビン感じていて、
自分に問いかけ、
話をし、
大切な貴重な体験でした。
そして、
僕は、
大切な大槌の仲間から、
熱い想いを伝えてもらったので、
大きな決断をします!
詳しい内容は、
また、
近いうちに。
とにかく
「ありがとう三陸」
です!
また、すぐに帰って来ます!
運転してません。
楽しかった〜。
大槌。
今回はバスなので、
なっちゃんと二人で、
楽しかった三陸の旅を振り返っています。
一緒に参加してくださった、
横須賀・神奈川の皆さんと、
現地の人との触れ合いで
皆さんビンビン感じていて、
自分に問いかけ、
話をし、
大切な貴重な体験でした。
そして、
僕は、
大切な大槌の仲間から、
熱い想いを伝えてもらったので、
大きな決断をします!
詳しい内容は、
また、
近いうちに。
とにかく
「ありがとう三陸」
です!
また、すぐに帰って来ます!

